手前:座光寺まんじゅう その奥:元善光寺まんじゅう(吉丸屋)
元善光寺参拝のお土産でも知られる「座光寺まんじゅう」。そのルーツは高森町出原にありました。
■座光寺まんじゅうの発祥は出原?!
明治20年ころ、北原まつよ(後の北原得道)という人が、高森町出原の茶屋でまんじゅうの作り方を習い、座光寺でまんじゅう店を始めました。店名を「北原屋」とし、麻績神社大鳥居の東に店を構えました。
同じころ、「松村啓次(啓太郎)」さんもまんじゅう店を開き、昭和18年ころまで「啓次まんじゅう(啓太郎まんじゅう)」と呼ばれる甘酒まんじゅうで親しまれていました。
この北原・松村のお二人が座光寺まんじゅうの元をつくった人と考えられています。特に北原さんのおまんじゅうは高森町出原の茶屋がルーツになっています。
■座光寺まんじゅうの変遷〈一〉 釣鐘饅頭
北原まつよさんは明治27年に得度して「得道」と改名し、元善光寺の念仏堂へ籠もりました。このとき、屋敷や家財道具を売却し、そのお金で釣鐘を造り奉納することを望みました。これに共鳴した村人からも寄付が集まり、釣鐘は明治28年、元善光寺に奉納されました。
吉丸屋さん(飯田市座光寺)の包装紙に、まんじゅうの由来として「今からおよそ百有余年前に元善光寺に釣鐘が奉納されたのを記念して、当時近くに居た尼僧が釣鐘饅頭として作ったのが始まり」とあります。北原さんは尼僧になる前、一緒に働いていた吉丸屋さんの、現店主の曾祖母にあたる きのさんにまんじゅうの作り方を伝授しています。北原屋のまんじゅうは、こうして次の人に継承されました。釣鐘は戦時供出の憂き目に遭いますが、おまんじゅうは得道さん命名の「釣鐘饅頭」の名で続いていきました。
■北原得道尼と弘法大師像
得度した北原得道尼は明治32年、寄進者を募って八十八体の石造弘法大師像を、飯田市駄科の念通寺の裏山に安置しました。現在は同寺の山門前に二番から八十七番までの弘法様が並んでいます。
一番と八十八番の弘法様は、座光寺の宗安院跡にあります。これは大正5年ころ、得道尼が宗安院の庵主になるとき、一番と八十八番の弘法様を座光寺に運び安置したものです。このあと宗安院は「弘法様」とも呼ばれ、多くの信者が参拝に訪れたといいます。この二体の弘法様は、現在も宗安院跡に安置されています。
■座光寺まんじゅうの変遷〈二〉 黒糖まんじゅうへ
釣鐘饅頭は甘酒を使ったおまんじゅうでした。砂糖が貴重な時代であり、代用に甘酒のほかどぶろくや酒粕も使われたといいます。
現在の座光寺まんじゅうは黒糖まんじゅうです。この黒糖まんじゅうはいつごろから作られるようになったのでしょう。さらに「座光寺まんじゅう」と呼ばれるようになるのはいつごろなのでしょう。
吉丸屋では、大正14年から昭和の初めころ、ザラメか黒糖を使った茶色のまんじゅうを作り始めました。また「座光寺まんじゅう」の名で売られるようになるのもこのころです。確かな史料はありませんが、大正12年の伊那電・元善光寺駅開設時期と符節が合います。
伊那電開通を機に、元善光寺には春秋の彼岸に、それまで以上に多くの参拝者が訪れるようになりました。大正14年には菊人形展が始まり、座光寺商工会も設立されます。おそらくこのころから「座光寺まんじゅう」の名で、現在の黒糖まんじゅうも売られるようになったのではと考えられます。
このような茶色の黒糖まんじゅうを、この辺では「インドまんじゅう」といいます。砂糖の原産地である南方の地を想起し、こう呼んだと思われます。
■座光寺まんじゅうの原風景
今村善興先生(故人)が2005年8月の『伊那』(伊那史学会)に寄せた文の中に、次の記述があります。 「昭和十年前後には、松村(啓次郎))・吉丸屋・こがい屋・一二三屋・丸善・多十さ・白木屋・大垣屋など常時七~八軒の店があり、彼岸になると、二十軒近い店が並んだといわれる。松村は甘酒まんじゅう、一二三屋は白・赤・茶のまんじゅうで、他の多くは濃茶のまんじゅうのようであった」。
当時は甘酒まんじゅう、紅白まんじゅう、そして黒糖まんじゅうなどが作られていたこと、さらにお彼岸にはにわかまんじゅう店も登場し、20店もが軒を連ねたとあります。一二三屋さんも座光寺発祥だったのですね。
■伝統と改良と
吉丸屋さんの話では、昔は燃料が薪だったので、火力の調整に苦労したといいます。かつての土製の釜土も、現在は石油バーナーに対応できる特殊素材のものに代わりました。
とはいえ、基本的な製法は昔と変わりません。伝統製法を継承しながら、細部に創意工夫をおこたらない─ここに長きにわたり愛され親しまれる、座光寺まんじゅうの秘密があります。変わらない濃茶の姿に秘められた独自の工夫─おいしさの秘密を、ぜひご自身で味わってみてください。
※当記事は、今村善興先生の「座光寺まんじゅうと北原得道」(『伊那』2005.8月号)を参照した「麻績の里 座光寺便」から転載しました。
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