今年開幕する大阪万博で、長野県無形民俗文化財・伊那谷屋台獅子の源流とされる、大嶋山瑠璃寺の獅子舞の上演が予定されています。
詳細は不明ですが、民俗芸能の宝庫である南信州から4種の芸能が選出され、万博会場で上演されるようです。4種は季節ごとに、春:瑠璃寺の獅子舞、夏:和合の念仏踊り、秋:清内路の手づくり花火、冬:遠山の霜月まつりと豪華な顔ぶれ。貴重な民俗芸能一年分を会場でまとめて観られるみたいです。
せっかくなので、わが高森町の至宝 瑠璃寺の獅子舞のアウトラインを、万博会場での上演前におさえておきましょう。

大嶋山瑠璃寺周辺の様子
大嶋山 瑠璃寺の獅子舞 【長野県無形民俗文化財 長野県高森町大島山◇4月第2土・日曜日】

宇天王と獅子
◆900年の伝統芸能
大嶋山瑠璃寺の獅子舞は、発祥を天永3年(1112)にさかのぼる、900年に及ぶ長い歴史をもつ伝統芸能です。瑠璃寺の開祖である観誉僧都(かんよそうず)が比叡山の坂本社から獅子を迎え、縁日に舞いを行うようになったと伝えられています。
文献によると、享保年間(1716~1735)には今と違った形式の獅子舞が演じられており、天保5年(1834)の記録に「宇天王」「猿」「鬼」が記載されていることから、江戸末期には現在の形にほぼ固定したと考えられます。この様式をモデルに、獅子舞は明治期以降、大島山から伊那谷各地に伝播していきました。
獅子舞は4月第2土・日曜日に開催されます。また61年目ごとに行われる本尊・薬師如来三尊のご開帳、30年に一度の中開帳の折には、特別に「宇天王による獅子乗り」という儀式が演じられます。
◆伊那谷屋台獅子の源流
獅子舞には「神楽系」「舞楽系」「山伏系」の三系統があるとされます。
神楽系は頭に獅子頭をかぶって舞う形態で、神の化身として家々を訪れ悪霊を退治します。信州各地で一般に見られる獅子舞がこれです。山伏系は平らな口をもつ獅子が特徴で、中世期に山岳修験道が伝えたものとされています。そして瑠璃寺の獅子舞は舞楽系に属し、笛の音曲や獅子を曳く宇天王の所作に、その優雅な形態を見ることができます。
瑠璃寺の獅子舞は、幌をかけた大きな屋台が獅子の胴体となっている点が特徴です。この中に大太鼓、小太鼓、笛などの囃子連が入ります。これは屋台獅子(練り獅子)と呼ばれ、獅子使いが獅子を操りながら、道中を観衆に見せることに力点が置かれています。信州の伊那谷地方にだけ見られる形態で、大島山瑠璃寺の獅子舞がその源流といわれています。
式次第
◇猿
獅子舞の開始前、行灯を担いだ猿が瑠璃寺客殿と日吉神社本堂の間を数回往復します。猿は瑠璃寺との仲を取りもつ、日吉神社のお使いです。
◇稚児行列 大般若
僧侶と稚児行列が客殿から本堂へ移動し、大般若を転読します。
◇囃子
囃子が始まると、猿がおどけた所作で見物人を整理します。突然女鬼、男鬼が大声を発しながら客殿裏から飛び出してきて、木製の金棒で子どもたちを追い立てます。猿も同じように飛び回ります。獅子はこの間、頭を地面に据えて眠っています。


◇獅子
獅子使いの宇天王が客殿からゆっくりした足取りで獅子頭の左側を進み、「行い」という動作により獅子を起こします。
【行い】 ①宇天王が眠っている獅子を背にして束に立ち、大きく足を右に踏み込み、さらに左に踏み込み、次に獅子の方に体をねじって、腰の太刀に手をかける。 ②獅子の前にある綱を宇天王が足で踏む。すると獅子は起き上がって暴れ出す。 ③宇天王が獅子を鎮める。 この所作を繰り返しながら行列は進みます。
囃子は最初の獅子が起きるまでは「デハ」というゆったりした曲を奏で、起きて歩くときは「道中囃子」に変わります。道中囃子は太鼓の音に合わせて笛を吹きますが、獅子が暴れ出すと太鼓を激しく打って「上り山」調子となり、おとなしくなると「下り山」調子になります。
本堂までの道を練り歩き、到着すると獅子は疲れたようにその場に眠り込みます。宇天王は綱を手にし、獅子を招くふりをして綱を曳き、三度目に綱を肩にかけて強く引っ張ります。獅子は目を覚まして跳びかかりますが、宇天王は刀を抜くふりをしながら獅子を鎮めます。

眠りから目覚めた獅子


◇獅子花
獅子を鎮めた宇天王は、一行を率いて客殿に戻ります。このとき、獅子の尾の部分に付けられた「獅子花」を投げて帰ります。獅子花は無病息災の縁起物とされ、観衆も競ってこれを奪い取ります。
大島山地区と瑠璃寺

瑠璃寺山門
大嶋山瑠璃寺は、薬師如来を本尊とする瑠璃寺とその守護神・日吉神社の、神仏混淆の寺社です。比叡山の観誉僧都(かんよそうず)がこの地を訪れた際、夢に薬師如来が現れたことから創建されたと、瑠璃寺の「万覚書」に記されています。
建久3年(1197)に源頼朝の祈願所となり、寺領750石が永代寄進され、その折、三本の桜も共託されました。その後、上杉謙信公戦勝祈願の寺、武田信玄公仏道修行の寺、徳川家御加護の寺としても知られ、2012年には開基900年を迎える、伊那谷を代表する名刹です。
大島山地区は瑠璃寺を中心に拓けた、南アルプスの峰々を遠望する美しい農村集落です。「獅子を曳くことで、里は五穀が豊かに実り、人心は安らぎ災いは払われる」とされ、瑠璃寺の獅子舞はここに暮らす檀家・氏子の手で、長きにわたり伝承されてきました。
瑠璃寺の文化財


左:薬師瑠璃光如来三尊佛(国重文) 右:聖観世音菩薩立像(県宝)

本堂薬師堂(町指定)

枝垂れ桜(天然記念物)
獅子≒狛犬
神社の社頭や社殿の前などに置かれている一対の獅子のような像。神社を護る守護獣で、元は「獅子・狛犬」と呼ばれ、向かって右の口の開いた「阿」像が獅子、左の口の閉じた「吽」像が狛犬だそうです。阿吽の像は日本特有で、中国では両方とも口を開けたものが主流のようです。
古代インドで仏の両脇に守護獣としてライオンの像を置いたのが狛犬の起源のようです。また、古代エジプトやメソポタミアで神域を守るライオンの像もその源流とされます。オリエント諸国では、聖なるもの、神や王位の守護神としてライオンを用いる流行があり、その好例が有名なスフィンクスです。


右:狛犬 「阿」像 左:狛犬「吽」像
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