
南信州広域連合が2002年4月に発行した『南信州広域だより』に、「家畜のいる暮らし」が特集記事として掲載されています。昔は農家などで飼われていた家畜は、いまはどうなっているのか。家畜のいる暮らしとは、どのようなものだったのか……。南信州に家畜を訪ね歩き、丹念に調べ上げています。
前回の「音・匂い・色の風景」に続く、南信州の「ふるさと再発見」第二弾。良いお茶を飲みながら、ゆっくりご覧ください。

南信州広域だより「家畜のいる暮らし」表紙

◆家畜とは……。
家畜は乳や毛や肉など、生活の糧を得るために飼われていました。自給用に家族で世話のできる範囲の家畜を飼い、家畜は自足できる程度の糧を与えてくれるという、ギブアンドテイクの関係がかつての家畜飼育の姿でした。
◆「家畜」から「畜産」へ
「大概の農家で飼育されていためん羊、山羊、うさぎなどの中小家畜が、昭和30年代中ごろ以降、急激に減少した」とあり、「畜産」への変容がうかがえます。
しかし「この地方(南信州)らしい特色を探せば、種別が単一に陥ることなく、大家畜(牛・馬)、中家畜(めん羊・山羊・豚)、小家畜(うさぎ・にわとり)が土地の条件や営農の形態に適応して、各時代に上手に取り入れられてきたことが挙げられます。水田から桑園、桑園から果樹園へと、時々の耕種農業の移行期に、小頭数の家畜を取り入れる有畜農業は、県内でも飯田下伊那地域で有効に実践されました」とあります。そして昭和35年以降、家畜相手の仕事はしだいに専門家の手に負う畜産経営へと移行したが、「有畜農業が育んだ人と家畜の関係は、きっと地域に潜在しているはず」として以降の頁につなげています。

◆山羊
【山羊乳は優れもの】山羊の乳は脂肪球が小さく、消化しやすいと追われます。このためヨーロッパなどでは母乳期の終わった赤ちゃんに、牛乳を受け付けるまでの間、山羊の乳を飲ませるといいます。
飯田女子短期大学では、山羊乳の利用に向けた研究が進められています。地元の山羊乳と牛乳の脂質成分や消化性を比較した結果、脂肪含量は山羊乳・牛乳とも変わらず(3%前後)、脂肪酸組成も脂質中のコレステロール含量・ビタミンA含量も大差ありませんでしたが、脂質の消化性については、山羊乳は牛乳に比べ優れている点が実証されたそうです。
【山羊は家畜の代表格】山羊は「山の家畜」「老人の家畜」とも言われます。傾斜のある狭い土地でも飼え、お年寄りや女性の手にも負えることからです。食べるものも人間と重なり合うところがなく、草や木の葉だけで生命を維持できる、質素でとてもありがたい生きものです。それでいて、家畜とペット両者の気質を合わせ持ち、多様な関わり方がもてます。経済動物ではありませんが、実に経済的な動物、つまりは家畜の代表といえるでしょう。

◆うさぎ
昭和30~40年代中ごろまで、大概の農家にはうさぎがいました。当時のうさぎは短毛種とアンゴラ。前者は自家用の肉と毛皮に利用され、鶏肉に似た淡泊な肉は年に1~2回、ハレの食卓にのぼりました。うさぎの食肉用解体は専門の人が請け負い、毛皮は業者が引き取りました。「この肉は昭和30年代頃までハム・ソーセージの結着用に利用されていた」とあります。後者のアンゴラうさぎはフサフサの毛を利用しました。「直毛のため羊毛を混ぜて紡ぎ布にした」のですね。ヨーロッパではフェルトの原料にされるとのこと。
「現在のうさぎ飼養は医療用の血清を得るため」「大羽数を専門に飼養する形に変わった」とあります。
◆馬
「昭和の初めまで、長野県の食肉需要の実に80%が馬肉で賄われていた」とは驚きです。確かに昔は肉といえば、家飼いのにわとりやうさぎ以外では馬肉が主でした。信州馬刺しは今も健在です。そして肉は今のように「焼く」ものではなく、「煮る・煮込む」ものでした。にわとり、うさぎ、馬肉すべてしかりです。


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