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タカートあれこれ

天竜川 橋紀行[5]


天竜川橋紀行 第5号をお届けします。    
大暑の2026年7月23日、松川町から飯田市・喬木村間の6橋(正確には7橋)を訪ねました。この日最高気温は39度近くまで上昇し、日差しは痛いほど。天気は快晴でしたが午後2時半をもって切り上げました。      
橋名の頭の数字は前回からの通し番号です。     
ナビゲーター:松島 高根さん 
※橋長等については「信濃路の橋 天竜川」(https://hiro66.sky-zet.com/tenryu_bridge.html#2tenryu)を参照させていただきました。

高森町山吹の高台より竜神大橋一帯を望む。周辺には大型商業施設やスポーツ施設、橋の下流右岸には「かわまちづくり計画」が進んでいる

56 宮ヶ瀬橋(みやがせばし)

竣工:令和3年(2021)12月 種類:桁橋(3径間鋼箱桁) 橋長:170.6m 幅員:10m

宮ヶ瀬橋。令和3年(2020)12月竣工。橋長170.6m
幅員10m 2車線で歩道も付設されている
保護性錆を施した無塗装の耐候性鋼材を使用
橋台が残る、旧宮ヶ瀬橋跡地。旧橋は昭和33年(1958)竣工のワーレントラス橋
宮ヶ瀬橋の架け替え事業により移転・復元された「牧ヶ原 二の刎(はね)」。刎とは洪水時に水勢を弱め堤防を守るための石積み施設。天保10年(1839)の造成設置
牧ヶ原 二の刎(はね)
弁天岩。宮ヶ瀬橋架け替えに際し橋台部に当たるため移転された。岩の南には「牧ヶ原 一の刎」があった
「牧ヶ原 一の刎」の跡。「く」の字に曲がった堤防と桜の古木が名残をとどめる
前河原地籍(松川町)を望む。この肥沃な水田地帯を、竜西一貫水路の「前河原伏越(1.5km)」が貫通している。水路は写真右方の堤防のようにみえる、盛り土した農道の下を通っている。右手にかすかにみえる橋は宮ヶ瀬橋
右の高くなった箇所が「前河原伏越」。竜西一貫水路はこの道路の下をサイフォン方式で導水されている。漏水対策として管路の補修作業が行われ、2024年に完成した

57 台城橋(だいじょうばし)

竣工:昭和47年(1971)4月 種類:2径間鋼板桁橋 橋長:98m

狭隘なため「ゆずり合う橋」として知られる台城橋(昭和47年4月竣工)。背後は台城。台城は中世片桐氏の一族大島氏によって築城された
台城橋から上流を望む
台城橋から下流を望む。遠くに万世橋が見える
水量が減り、流れを失った淵。台城の岩盤が露呈している

58 万年橋(まんねんばし)

竣工:昭和35年(1960)3月 種類:下路式ワーレントラス橋 橋長:99.6m

台城の大岩盤の上に架橋された万年橋。下流左岸から
上流右岸から望む万年橋。対岸(豊丘側)と手前(写真下)に岩盤が見える
川の水量が減った影響で岩盤が顔を出している
左の親柱の橋名板には「昭和35年3月竣功」と「功」の字が使われている

左の草に覆われた部分は旧吊橋の主塔コンクリート部
主塔コンクリート部の横を旧道が延びている
「勝岩(かちいわ)」の名がある花崗岩の大岩盤。万年橋のすぐ上流


豊丘側の九頭龍権現(左の写真)と
高森側の九頭龍権現(上の写真)


万年橋の少し下流、高森側の堤防に設置されている石造りの「量水標」。
水位を測る標識で、階段状に設けられた表示石は一段の高さが一尺(30.3cm)。その左に10等分された一寸(3.03cm)の小段も。
天竜川上流部に現存する中では最も古いとされる

万年橋下流域を望む。写真は2018年当時のもの

万年橋下流域の高森側を望む。写真は2018年当時のもの

59 竜神大橋(りゅうじんおおはし)

令和8年度(2026年度)予定 種類:桁橋(4径間鋼箱桁) 橋長:264m

竜神大橋(上流から)

竜神大橋(下流から)。橋名は公募253点の中から5点に絞り込み、高森町・豊丘村・喬木村の住民投票により最多得票であった「竜神大橋」に決定した

60 明神橋(みょうじんばし)

竣工:平成8年(1996)7月 種類:5径間桁橋 橋長:226m

明治42年、最初の吊橋完成時に橋名は「明神橋」とされた。豊丘村田村の諏訪神社に合祀されている「田村明神」に由来する。現在の橋は三代目

橋の歩道途中に置かれた獅子頭モニュメント。豊丘村の田村諏訪神社で春季祭典に奉納される「田村獅子」(左上)
高森側は「柿」と「カヌー」のレリーフ(右上)

昭和7年、二代目明神橋の渡り初め当日(「飯田線 駅 街 百年」より)

かつての市田港と二代目明神橋。5径間下路式ワーレントラス構造の美しい橋だった
(「飯田線 駅 街 百年」より)

明神橋下流域を望む。写真は2018年当時のもの

◆冊子TAKART 通巻第4号(2013年7月)の記事から   
天竜川には100を超える橋が架かっていますが、わが明神橋はその中ほどにあたります。    
「明神」とは、神道の神の称号のひとつ。「神は仮の姿ではなく明らかな姿をもって現れている」という意味だとされ、豊臣秀吉の「豊国大明神」が有名です。初代の橋は明治42年10月に完成しましたが、このとき元号の明治と明神を合わせ「明神橋」と命名したようです。ちなみに初代明神橋は完成時、長野県内一の長さを誇ったといい(210m)、当初は渡り賃が必要でした。天竜川に架かる同名の橋は上伊那に二橋。箕輪町と伊那市・南箕輪村ですが、いずれも昭和30年代竣工のため老朽化しています。高森の明神橋は昭和7年に二代目が完成し、現橋は平成8年完成の三代目です。    
高森側の石造オブジェ親柱脇には、昭和40年に設置された国土交通省の市田水位観測所があります。その表示板には同地点の海抜(419.336メートル)と、河口までの距離(153.795キロメートル)が表示されています。

61 阿島橋(あじまばし)

竣工:昭和41年(1966)7月 種類:下路式ワーレントラス橋(6径間) 橋長:372.6m

阿島橋。橋長373mの6径間ワーレントラス橋

阿島舟渡跡の碑と阿島橋

阿島橋の下流側に架橋された阿島橋側道橋。平成2年(1990)6月に竣工している

トラス橋の橋脚を増設利用し架けられている

阿島橋のやや上流にはリニアの橋脚が威容を見せている


次回調査はお盆明けの8月中に行いたいと思います。

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