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タカートあれこれ

TAKART調査隊 番外編  遠山谷のたつま猟


次の猟期まで待てないという方のために、以前、遠山谷(飯田市上村)で取材した記事を掲載します。取材日は2003年(平成15)1月13日。上村下栗地区のみなさんにお世話になり、記事にすることができました。


山肉と総称される鹿・猪・熊などの野性動物の肉は、何度か口にしたことはあった。しかし狩猟の現場は見たことがなく、以前から一度見てみたいと思っていた。       
上村猟友会の熊谷清登さんにその旨を話すと快く承諾してくださり、猟に同行させてもらうこととなった。大寒も近い1月13日、6名の猟人、5匹の猟犬とともに、飯田市上村(長野県)下栗の奥山に分け入った。


【猟人と猟犬でチームを編成】            
6名の猟人は、猟歴数十年のベテラン猟師の熊谷清登さん、成沢好さん、胡桃沢久人さんと、ベテランの域に近い胡桃沢正広さん、さらに若手の胡桃沢英男さん、高木すぐるさんである。久人さん、英男さん、すぐるさんは現在村を離れているが、猟期の週末には時々村に戻り、猟をするのが習いとなっている。普段は各自仕事をもっているので、猟は週末に限られるという。    
猟期は11月15日から翌年の2月15日までの3ヶ月間に限られている。この期間以外では、駆除の目的で村ごとに捕っていい動物と頭数が割り振られる場合があり、猟友会のメンバーがこれに当たることとなる。     
猟犬も大切な仲間だ。この日は成沢さん宅の5匹の犬が加わった。すべて雑種とのことだが、紀州犬の血が混じっていると見受けられるものもいる。幼犬の頃から猟師・親犬に付いて充分に経験を積んできた強者ばかりだ。小屋から出そうとすると猟に行くことがわかるのか、尻尾を振り鳴き声をたて、早く連れて行けといわんばかりである。


【人と犬が共同で行う「たつま猟」】             
猟人と猟犬がいっしょになって行う共同狩猟を「たつま猟」という。比較的大人数で行う一般的な猟法である。これは獣の逃げ路にあらかじめ猟師が陣取り、犬に追われて逃げ込んでくる獣を待ち構えて撃つやり方で、「たつま」とは「立つ待ち」から出た呼び名だという。    
この猟法が最も有効なのは鹿を捕る場合だ。鹿は猟犬の追走を受けると、必ず山の下方へ逃げる習性があり、その逃げ路は決まっている。最終的には下方の川の流れに飛び込み、水の中をそのまま流れに沿って下流へと走り去る。これは足跡を消して行方をくらますためとされている。猟師は長い経験から逃げ路と狙いに適したポイントを熟知しているので、数名が山の上手から下手にかけての各ポイントに陣取り、逃げ下る鹿を撃つのである。    
猪や熊の場合も射手を通り路に配置して迎え撃つが、必ず路の上方に立つことが、時に人にも襲いかかる猪や熊に対しては安全の面から鉄則となっている。また鹿猟と異なる点は、通り路を素直に逃げてくれればいいが、猪や熊は気性が荒いだけに犬に追われても簡単にはひるまない。ここで猟犬の「とめ」の力量が問われることとなる。「とめ」とは留めること、すなわち犬と獣との対峙である。数匹の犬が獣の周りを取り巻き、鳴きながら距離を取り、獣をその場所に牽制して留めておくのである。猟師は猟犬の鳴き声を聞き、声のする方へ一目散に走り、現場に到着して獣を撃つ。それまでの時間稼ぎが猟犬に課せられた大切な役目となる。

鹿の逃げ路で構える

【鹿の跳躍 猪の猛進】           
「そっちの方へ行ったぞ」。犬に追われた鹿の行方を知らせる無線が鳴った。山に犬を放してそう時間は経っていない。成沢さんは山の上方のポイントに陣取っている。さらに10分ほどして一弾の銃声が響いた。「当たったな」と熊谷さん。音の響きでそれがわかるという。はずれた場合は銃声が谷に響き渡る。音が響かないのは、弾が動物の体を貫通したためだというのだ。    
久人さんは犬に付いて山の中に入った。山の上手には成沢さんと正広さん。その下方に英男さんが構える。そして谷下の本流にはすぐるさんが待機した。逃げ下る鹿に対し、たつま猟の人員配置は整った。熊谷さんと私は山の中ほどを、遠目に見た1匹の猟犬の姿を探した。その時、我々のすぐ上手から、優雅な跳躍で谷路を逃げ下る1頭の牝鹿が目に留まった。平場まで下った鹿は、目の前の急峻な谷を前にしばらく逡巡した、その間を狙って熊谷さんの鉄砲が鳴る。一瞬、時間が止まったようにその場に倒れ込む三又の角をもった鹿。優美な跳躍のあとの一瞬の間と銃音。その後山は再び静寂を取り戻した。      
捕った動物はその場で内臓を取り出し、中に溜まった血を払う。そして谷川の水で体内を洗い冷やすのが習いである。近場に水がない場合は、雪を腹の中に詰めて冷やすこともあるそうだ。

その場で内臓を取り出す

猟の最中はそれぞれが各自の持ち場で他の仲間の状況を判断しながら行動するため、全員が揃って昼を取るようなことはない。        
ひと仕事を終えて戻ってきた犬たちの中で、猪の好きなレオが山に向かって盛んに吠えていた。何事かを感知したのだろう、昼近く再び山に犬を放つこととなった。         
沢を見下ろす猪の通り路の上で、熊谷さんが銃を構えた。その10分後、犬たちのけたたましい叫びが山の上手に聞こえた。先ほどの鹿を追走する叫びと違い、とぎれることがない。そして犬の声が近づいたと思ったその時、犬たちの前方を大きな猪が沢に向かって猛進してきた。短い足を高回転に動かす走りは、鹿の優美さはない代わりに迫力は充分だ。まさに猪突である。猪が沢を渡り路を登ろうとするその瞬間、熊谷さんの鉄砲が急所のこめかみを貫いた。大きな叫び声とともに谷川にくずれ落ちる大猪。犬たちはそこに駆け寄り、なおも執拗に叫びかかろうとする。川に横たわった猪の姿を認めた時、猟人衆にも満足の笑顔がみられた。

猪に駆け寄る猟犬

この時期の猪は「寒猪(かんじし)」と呼ばれ、脂ののった良質な肉とされる。また猪の発情期は寒の内であるため、寒明け後のものは脂肪が消え、肉も堅く味も落ちるそうだ。     
ちなみに「しし」の元来の意味は肉のことであったといわれる。鹿を東北・九州で「かのしし」、カモシカを東北で「あおしし」、牛を九州で「田のしし」と呼ぶと記された古い書物もある。食用となる獣に昔は「しし」が当てられていたことがわかる。      
猪も先の鹿同様、腹を割いて内臓を取り出す。猪は内臓も余すところなく食用となり、肉以上に味が良いとされる。このため猟師衆は内臓だけは山肉業者に渡すことをせず、自分たちの食用とする。一番美味しいところを知っているのは、やはりそれを生業とする当人たちであるのだ。

肉は地元の山肉専門店に

【猪鍋の宴】            
この日の猟果は鹿3頭と猪1頭。猪は体重85キロの牝の大物であった。     
肉は地元の山肉専門店に運ばれ、その後は一番美味しい内臓を煮込んだ、猪鍋を囲んでの慰労会となった。山肉の料理は大根やゴボウなどといっしょに、味噌ベースの汁で煮込むのが一般的だ。野性特有の臭みも気にならない。内臓はクセの強さが独特の旨味となって、その美味しさに得心がいく。コクがありこってり感たっぷりなのになぜかいくら食べてもお腹にもたれない。純天然物のゆえんかと手前勝手に納得しながら、ついつい箸が進んでしまった。

猪鍋の宴

【狩猟は山の凡てに通じた生業】          
狩猟は動物や山などの、自然のすべてを熟知した上で初めて成り立つ。ベテラン猟師は何十年という経験の中で山を歩き尽くし、動物の生態はもちろん、山の様相を完璧に知り尽くしている。主要な木や岩場などの場所やその有り様までもが、一枚の詳細な地図となって頭の中に収まっているのだ。そうした上で人と犬との共同作業である猟が完遂される。犬もまた猟人との信頼関係から、自分たちの仕える人を知り、その役割を見事にこなしていく。        
鉄砲を撃つのは猟の中のほんの一部分でしかない。猟人は動物の動きを読み、犬を使い、捕るだけでなく小さなナイフ一本で実に見事に解体も行う。犬を育て、その訓練も怠らない。狩猟に関わる一切一切の技術を身につけており、その意味ではいわゆるハンターと一線を画す。       
猟の間や解体作業の時間は、寡黙に淡々と仕事が進む。それはひとつの命をいただくことに、神聖な気持ちで対峙しているような厳粛さに満ちている。しかしいざ酒宴ともなれば、実によくしゃべり、よく笑い、そして何よりよく飲む。酒が強い点も良き猟人の条件のひとつなのかもしれない。        
月光に照らされた真冬の南アルプスを望みながら、時をさかのぼり、遠い昔から受け継がれてきた狩りの姿を重ね合わせてみた。

猟を終えて

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